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  その2 晩夏の思い出 「季節外れの花火大会」 前編



   「宍戸さん、花火大会へ行きませんか? もうすぐ、河川敷で打ち上げ花火があるんです。」

   夏休みも間もなく終わりと言うある日の事。


   鳳長太郎から、宍戸亮は、そんな電話をもらったのだった。


   宍戸が待ち合わせ場所である港へ出向くと、上船場には、大きな<屋形船>が浮かんでいた。


   船の上は、宴会ができるような座敷になっており、その窓から
鳳長太郎が嬉しそうに

   手を振っていた。


   「あ、宍戸さ〜ん。これに乗ってくださいね。花火を見に行きましょう!

   船上から見る花火はきっと素敵だと思います。」


   確かに、鳳の言う通り、夜の川面に浮かんだ船の上から眺める花火は、風情があって

   素晴らしいに違いない。


   しかし、宍戸は一つだけ納得できない事があった。


   促されるままに船へと乗り、その広い座敷へとあがると、宍戸は、鳳に向かって質問をたたきつけた。


  「おい、長太郎。この船は一体、何なんだ? これから、どこかの会社の宴会でも始まるのか? 」

   どう見ても、三十人は軽く入れる畳の部屋を、宍戸は不信な目で見まわした。


   「嫌だなぁ、宍戸さん。変な事を言わないでください。せっかくのデートなのに、二人っきりに

   決まっているじゃ無いですか?」


   鳳は、座布団の上できっちりと正座をした姿勢で、そう笑顔で答えた。


  「ああ、この船が不思議なんですね。これは、父の持ち物なので、心配しなくても良いですよ。

   ちゃんと船頭サンもいますし、給仕をしてくれるお手伝いさんも家から連れてきています。

   料理も料亭で作ってもらって、保冷車で運んでもらっていますから……・。」


   それが普通と言う様子で、話をしている鳳の姿を見ながら、宍戸は不安でたまらなくなった。


   たかが子供二人で花火大会へ出向くのに、貸切で船を使うのもどうかと思うし、お手伝いさんや、

   料亭の料理を準備しているのもどうかと思う。


   さらに、こんな船を個人で所有している鳳の父親の趣味もどうなんだろうか?


   宍戸はいろいろと思う事があったのだが、お坊ちゃまの鳳長太郎に、それをどうやって

   説明すれば良いのか良くわからなかった。


   だから、仕方なく、こう返した。


  「まあ、何にせよ。……準備万端で良かったじゃねぇか。」

   とにかく、鳳と二人で花火が見れるのなら、何でも良いような気がしていた。


   宍戸のように、これくらい大雑把な思考回路をしていないと、お金持ちの彼氏とは、

   とても付き合えないのである。


                           ☆

   屋形船は、日が落ち始め、鮮やかに茜色に染まった川面をゆったりと進んでいた。


   風は、ほとんど無く、波はとても穏やかだった。


   二人は座敷でくつろきながら、運ばれてくる料理を楽しんでいた。それは、宍戸が今まで

   食べた事も無いような見事な懐石料理で、きっと、その料亭で食べたとしたら、

   目の飛び出るような金額を請求され、食べ方の作法も複雑にあるのに違いなかった。


   二人がデザートとして出された和菓子に手をつけ始めたところで、船頭から合図があった。


   そろそろ花火大会が始まるらしい。


   座敷の明かりが消され、卓上の小さなライトだけになった。


   大きく開かれた障子戸から、宍戸亮が外へ視線を向けると、濃紺色まで暗くなった空と、

   同じく真っ黒になってしまい境界線があいまいな水面が見えた。


   気がつかないうちに、周りには似たような屋形船がいくつも停泊しており、その明かりが

   水面へ反射し、たくさんの蛍が群れているように、美しく光輝いている。


   そして、遠い岸辺には、夜になっても決して消える事の無い街の明かりが広がり、

   宝石の小さな粒のように、緑や赤や白に瞬いて見えていた。


  「すげぇ綺麗だな。長太郎。」

   
「ええ、綺麗ですよね。だから、宍戸さんを船に乗せたかったんです。」

   宍戸が、木の手すりにつかまり、外へ身を乗り出しながら、ため息をつくように言うと、

   背後に立っていた鳳から、そんな返事が返ってきた。


  「夏になると、毎年、家族で花火を見るのが恒例になっています。

   でも、今年だけは、宍戸さんと二人で、見に来たかったんです。


   だって、やっと……俺達は恋人同士になったんですから。」

    鳳は、そう言って、宍戸を背後から抱きしめてきた。



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